骨粗鬆症の治療薬の副作用について
ビスフォスフォネート(ビスホスホネート)並びにデノスマブ製剤の副作用による顎骨壊死
ビスフォスフォネート(以下BP)製剤は骨転移を有するがん患者や骨粗鬆症患者の治療において、破骨細胞を抑制し骨吸収(骨からカルシウムが溶け出すこと)を抑制する目的で広く用いられています。
2003年に、このBP製剤による治療を受けているがん患者、あるいは骨粗鬆症患者に、難治性の顎骨壊死(BP-related osteonecrosis of the jaw〈BRONJ〉:ビスフォスフォネート系薬剤関連顎骨壊死)が発生することが報告されました。
当初は、発症メカニズム、リスク因子、ならびに適切な対応や治療法が不明であったため、臨床現場においてさまざまな混乱を生じました。(現在でも治療法は確立されていませんが、骨粗鬆患者でのMRONJは、骨同化作用をもつ副甲状腺ホルモン剤を用いた治療法が効果を上げているとのことです。)
さらに近年では、新たな治療薬としてデノスマブが使用されています。
このデノスマブは破骨細胞の分化誘導因子としてBP製剤と同じく破骨細胞による骨吸収を抑制します。
デノスマブは半減期が1カ月前後と短く、BP製剤のように骨に沈着、残留(BPは10年以上骨に蓄積)せず、破骨細胞にアポトーシス(細胞死)を誘導しないなどの違いがあります。
しかし、デノスマブにおいてもBRONJと同様の顎骨壊死(Denosumab-related osteonecrosis of the jaw :DRONJ)が、ほぼ同じ頻度で発生します。
これらの顎骨壊死はそれぞれで作用メカニズムは異なりますが、いずれも臨床的に酷似する顎骨壊死の発生に関与することから、両者を包括したARONJ(anti-resorptive agents-related osteonecrosis of the jaw〈骨吸収抑制薬関連顎骨壊死〉)という名称が使われています。
さらに多くの関連薬剤を包括したMRONJ(Medication-related osteonecrosis of the jaw〈薬剤関連顎骨壊死〉)という名称も提唱されています。
これらによる顎骨壊死の具体例としては抜歯や歯周外科処置、歯根端切除術、インプラント埋入手術を受けた後に骨が露出したまま治らない、歯周炎等の感染が拡がり骨の露出や排膿が続き上顎骨や下顎骨が壊死状態になる等、極めて治療が困難な重篤な症状が報告されています。
発生の確率は飲み薬で1万人に1~4人、注射薬で100人に1~2人程度で、特に長期にわたって処方されている人や、高齢者、ステロイドの内服をしている人、糖尿病の人、喫煙者などはビスフォスフォネート性顎骨壊死のリスクは高まります。
またこれらの骨吸収抑制剤を悪性腫瘍の骨転移(転移性骨腫瘍)に対して使用した場合には,顎骨壊死の発生率は100倍程度上昇するといわれています
一旦このような状態になってしまうと簡単には治癒せず、長期に亘って闘病する事例を散見します。
ARONJの原因となる骨吸収抑制薬
顎骨壊死実例[1]
BP系薬剤を長期間内服中。抜歯後の創が閉鎖せず、投薬、洗浄などを行ったが骨の露出が広がった。
顎骨壊死実例[2]
関節リウマチのため、ベネット(BP剤)とステロイド剤による治療を長く受けている。右下顎に炎症を繰り返しており、投薬、高気圧酸素療法、局所掻爬などを繰り返すが治癒が思わしくない。CTでは骨髄腔の不規則な吸収像が見られる。
ビスフォスフォネート系薬剤、デノスマブの処方中もしくは処方経験のある方に
歯科治療を行う際の対応法
近年、歯周組織や歯根由来の病変を治療するなどの口腔管理を十分におこなえば、ARONJ発生をある程度予防できるとも言われていますが、それだけで完全に予防できる分けではりません。
その発生を防ぐ最善の方法は、抜歯・歯周病等の手術・インプラント手術を受ける可能性のある方は、それらの副作用を有する薬剤を使用せず、他の薬剤処方を選択していただく事です。
骨粗鬆症のみに対する処方であれば他にも代替の薬剤がありますので、主治医の先生にその旨を伝えて相談されることをお勧めします。
しかし、癌等の疾患にて代替薬剤の選択肢が無い場合には、外科的な歯科処置は可能な限りそれらの薬剤による治療開始前に完了しておくことが望ましいのは言うまでもありません。
薬剤投与後は特に口腔衛生状態を保つために適切な歯みがきを行う事と、歯科衛生士による定期的なメンテナンスを受ける事は発症の予防に貢献します。
以下に現在の公的な診療指標を転載します。
1.歯石除去・虫歯治療・義歯作成など顎骨に侵襲がおよばない一般の歯科治療
顎骨や歯肉への侵襲を極力避けるよう注意して歯科治療を行ない、定期的に口腔内診査を行ないます。
2.抜歯・歯科インプラント・歯周外科など顎骨に侵襲がおよぶ治療
(1)
内服期間が3年未満でステロイド薬を併用している場合、あるいは内服期間が3年以上の 場合は、BP内服中止可能であれば手術前少なくとも3か月間はBPの内服を中止し、手術後も骨の治癒傾向を認めるまではBPは休薬していただきます。
(2)
顎骨壊死の危険因子(糖尿病、喫煙、飲酒、癌化学療法など)を有する方もBP内服が中止可能であれば、手術前少なくとも3か月間はBPの内服を中止し、手術後も骨の治癒傾向を認めるまではBPは休薬していただきます。
(3)
BP内服期間が3年未満で危険因子のない方に対しては、通常のごとく口腔外科手術を行ないます。
そしてBP剤、デノスマブを使用されている患者の歯科治療に際しては、歯科医師と内科や整形外科など薬剤を処方している医師との間で連携の上、以上の方針で歯科治療および手術を行い顎骨壊死の予防に努めるとされています。
しかし、医師と歯科医師が書面等で連携を取ったとしても、万一実際にARONJが出現した場合、薬剤処方した医師、外科手術を行った歯科医師の両者共にARONJに対する対応はまず設備的、経験値的に不可能です。
現時点では顎骨壊死に対する治療は感染管理のもと、自然治癒を待つ事がルーティンとなっているため入院施設のある高次医療機関にて長期間の療養となる事例が大半です。
以上のことを踏まえると、リスクの高い方の歯科外科処置は、万一ARONJが出現した場合に速やかに系列施設で連携できるような総合病院や医科大学付属の歯科にて施術を受けられることが望ましいと考えます。
以上は2016年時のガイドラインですが、その後は年々更新されています。
最新指標は以下よりリンクしてご覧ください。
これによりますと休薬の必要性等、緩和されていますが、当院での臨床でのBP剤投与患者の実症例として、下顎大臼歯2歯が歯頚部で水平に破折したという通常考え難い事例があり、保存不能にて歯根を抜去する際に過剰に顎骨の海綿骨までもが硬化しており、残留歯根の抜去が非常に困難なケースがありました。
これは製剤により過剰に骨が硬化したために海綿骨による咬合圧の緩衝性が損なわれ、歯槽骨との境界部の歯根に応力が集中したためと考えられます。
本来、骨の中には、「破骨細胞」と「骨芽細胞」とがあり、破骨細胞が古くなった骨を溶かし(骨吸収)、骨芽細胞がカルシウムなどを付着させて骨を造り(骨形成)ながらリモデリングしていきます。
BP剤は破骨細胞の産生を抑制するものなので、これにより硬化した骨が健全といえるのかは疑問です。
健全な骨の修復にはまず、破骨細胞が必須なのです。
骨は硬い皮質骨にカバーされた柔軟性のあるコラーゲンに富んだ海綿骨により構成されているもので、硬さよりも柔軟度が骨折を防ぐ事に効果します。
他のケースでも骨内の過剰硬化により抜歯が極めて困難な事例がありました。
術前に投薬の履歴は問診しているのですが、1年に1度の注射によるもので失念されており、後から思い出されたとの事でした。
このように副作用は顎骨壊死に留まらないこともありますので、投薬にはその必要性を十分に吟味されて下さい。
又、MSDマニュアルにはビスホスホネート系薬剤やデノスマブを長期間使用すると、太ももの骨(大腿骨)にまれな骨折リスクが増加する可能性があると記載されています。
骨折予防のために使用した薬剤の副作用で骨折では困りますので、その危険性も周知の上で適切な使用を主治医と吟味する事が望まれます。
参考までに
骨粗鬆症治療薬の種類について
骨粗鬆症の薬には、3つのタイプがあります。
1.骨を壊す働きを抑える薬
「ビスホスフォネート」、「デノスマブ(抗RANKL モノクローナル抗体)」、「SERM(サーム)」
SERMは女性ホルモンのエストロゲンと似た作用を持ちます。 SERMには顎骨壊死の副作用はありません。
2.骨を作る働きを高める薬
「副甲状腺ホルモン製剤(PTH)」
骨芽細胞が骨を作る働きを促進する作用があり、週に1回、医療機関で注射するタイプと、毎日1回、自己注射するタイプがあります。
ホルモン療法(例えば、エストロゲンによる)が女性の骨密度を維持するのに役立ち、骨粗しょう症の予防や治療のために用いられる可能性があります。この治療法は、閉経後4~6年以内に始めると最も効果的ですが、それ以降に始めても、骨量の減少を遅らせ、骨折のリスクを減らすことができます。
ただし、多くの女性にとって、ホルモン療法はそのリスクが便益を上回る可能性があるため、通常は骨粗しょう症の治療に用いられる選択肢ではありません。閉経後にエストロゲン補充療法を用いることについての判断は複雑なものです。
ラロキシフェンはエストロゲンと似た薬で、骨量減少の予防と治療に有用である可能性がありますが、エストロゲンの副作用の一部がラロキシフェンにはありません。
ラロキシフェンは、ビスホスホネート系薬剤を使用できない人や使用したくない人に使用されています。ラロキシフェンは脊椎骨折のリスクを減らすことができ、浸潤性乳がんのリスクを減らす可能性があります。
男性にはエストロゲンによる治療は利益がありませんが、テストステロン値が低い人では、テストステロン補充療法が有益な場合があります。
骨形成促進薬(テリパラチドとアバロパラチド)は、新しい骨の形成を促し、骨密度を増加させ、骨折の可能性を減らします。テリパラチド(副甲状腺ホルモンの合成剤)とアバロパラチド(副甲状腺ホルモンに似た薬剤)は、連日の自己注射で使用されます。この治療法は次のような人で用いられることがあります。
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ビスホスホネート系薬剤による治療中に、著しく骨量が減少したか骨折を起こした人
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ビスホスホネート系薬剤を使用できない人
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非常に重度の骨粗しょう症か、多数の骨折(特に脊椎骨折)がある人
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コルチコステロイドを原因とする骨粗しょう症がある人
3. 骨に不足している栄養素を補う薬剤
「カルシウム製剤」、「活性型ビタミンD3製剤」、「ビタミンK2製剤」
破骨細胞の働きを抑えて骨を壊す作用を抑制し、また、小腸からのカルシウム吸収を促し、骨を作る働きも促進します。
骨粗しょう症の予防
骨密度は重力により変化します。
長期に無重力の宇宙に滞在する宇宙飛行士の骨密度は低下します。
どんなにカルシウムを摂取しても無重力では骨が強度を保つ必要が無いため尿として排出されてしまいます。
そのため宇宙飛行士は重力負荷を維持するための様々な運動を日々行っています。
つまり毎日、寝たり座ったりばかりの生活を続けていれば骨密度はどんどん下がるわけです。
顎の骨もよく噛んでいる歯の周囲の骨密度は高く、歯の無い部分の顎骨の骨密度は低いです。
例えば、長期に歯の失われて骨密度の極度に低い顎骨にインプラントを行って機能させると骨密度は有意に上昇します。
骨粗しょう症には一般に治療よりも予防が効果があるとされています。
それは体重の負荷がかかる運動を行う事です。 例えばまず座る時間を短くする事、後はウォーキング、階段を昇る(下りは関節に負荷が大きいので最低限に)、ダンス、ヨガ、ウェイトトレーニングなどいずれも骨の強度を高めます。
カルシウムの接種も必要ですが、サプリメントによる接種ですと弊害もありますので、カルシウムを多く含む野菜からの接種をしてください。